[COLUMN] Less is More

私たちが大切にしているもの。確かにあるのに指差すことができない。それは、目に見えるものばかりではありません。それらを、ひとつずつ読み解き、丁寧に表わしていく言葉の集積です。
「Less is More」
茶の湯の長い歴史のなかで生まれた「茶箱」をご存知だろうか。一つの箱の中に、茶碗、茶杓、茶入、茶筒、棗、茶筅筒、茶巾筒、菓子器、などが入りそれぞれオリジナルの仕覆(しふく)をこしらえられており、さらに箱自体が風呂敷などで包まれていることが多い。いわば「どこでも茶を飲める魔法の箱」のこと。きっと何百年も前の茶人たちが、4畳半の茶室で季節を取り入れるだけでは飽き足らず、野山の中へと持ち出すために考えたピクニック道具だったのではないかと想像する。箱の中にひしめき合う道具は、当然ながら取り合わせを考え、選ばれたものが顔を揃える。限られたスペースで、枠の中で楽しもうとする「意気込み」が感じられる。道具として美しく、形や大きさは納まりの良いものでないとならない。きっと、道具の職人同士のせめぎ合いと、取捨選択がなされたはずである。

20世紀のモダニズム建築を代表する、ドイツ出身の建築家のミース・ファン・デル・ローエが「Less is more(より少ないことは、より豊かなこと)」という言葉を残している。少ないほうが良い、ということではなく、有限の時間やスペースの制限があればあるほど選び取らねばならず、選ぶとなると「本当に求めるものは何か」に向き合わなければならないということかもしれない。

さて、ポットに水を張り、湯を沸かし、それからどのお茶にしようか念入りに選び、茶葉をすくいとる。タイのオーガニック農園で丁寧に育てられたレモングラスやクマザサをブレンドしたハーブティーか、エキゾチックな後味のブエノスアイレスのアッサム茶もいい。ごくシンプルな静岡の新茶も捨てがたい。やかんのお湯が縄のようにほとばしり、辺りに飛び散りながらも勢いよく注がれ、茶葉を開いていく。湯を差し温めてあったカップをお盆に並べて、抽出される時間をじっと待つ。この見切り刻(どき)が難しく、あまり早すぎても茶葉が開ききらず薄い味気のないお茶になってしまうし、じっくりやり過ごしてしまうと渋くて苦い一杯になってしまう。仕事や家事の合間だとしても、一寸も妥協はできない。「お茶飲む人!」と声をかければ大抵そこにいる全員が手を挙げる。そして、ひと通り行き渡ると、淹れた本人は底知れぬ満足感と達成感に満たされながら席へ戻る。キッチンでのたったわずかな時間の出来事。一瞬も妥協することができない。人生は選択の連続である。


イラスト:濱愛子
テキスト:スティルウォーター

[ILLUSTRATOR PROFILE]
濱愛子 (イラストレーター/グラフィックデザイナー)

紙版画を用いて、情感と力強さのある作品づくりを目指し、本、雑誌、広告に取り組んでいる。最近の仕事では、詩画集「今夜 凶暴だから わたし」(詩/高橋久美子、ちいさいミシマ社刊)、また、日本美術や、茶道具の世界で使われてきた形について紐解く「かたちのなまえ」(野瀬奈津子著、 玄光社刊)。それぞれ一冊を通して絵を担当している。HBギャラリーファイルコンペ大賞/永井裕明賞、東京イラストレーターズ ソサエティTIS公募入選(灘本唯人氏 「わたしの一枚」)、ADC入選、他。TIS会員。
https://aikohama.com/

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