旅をすると、良く知らない街を歩きます。出来るだけ知らない道を選び、道の先にどんな景色が広がるのか想像します。旅をすると、現地に住んでいる友人を訪ねます。いない場合は知人に紹介してもらってでも訪ねます。彼らと夕食を共にし、数日間の滞在中に家へ遊びにおいでよと言ってもらう。食事の後、念入りな散歩をしながらあれこれと会話を重ねていきます。旅をすると、ガイドブックを持ちません。だから旅をすると、よく人に道を聞きます。美味しいお店もついでに聞きます。いつもより大胆になっている自分に気がつきます。旅をすると、出来るだけ地元のスーパーマーケットに行きます。そこで果物やヨーグルト、ナッツや飲み物を買って翌朝の朝食にします。レジではまるで近所に住んでいるみたいに挨拶をします。旅をすると、行きつけの公園でお昼ご飯を食べます。昨日も来ていた犬の散歩中のおじいさんに、あ、昨日もいたねという顔をされます。旅をすると、地元の美術館を訪れます。カフェテリアでお喋りをする近所のお兄さんや、友人同士で世間話をするマダムを見かけます。旅をすると、美容院に行きます。映画『ローマの休日』のように、ひとしきり冒険が済んだ後、さらに自分の内面の冒険に出かけたくなって衝動に駆られたのちの行動となります。旅をすると、普段いかに時間の流れが早かったのかと、その忙しなさに気付かされます。一刻一刻と過ぎていく毎日の中で、どれほどに、便利であることと、スピード感を求めてきたのだろう、と思い返します。打ち合わせの時間もきっかりに始まり、宅急便は、時間指定に冷蔵と冷凍、有り余るサービス、ダイヤの乱れに対して駅員さんは深々と謝罪するし、コンビニエンスストアに導入されたポスシステムによって、その瞬間私が何を何個購入したのか、仕入れ計画や商品開発に活かせる数字として報告されていくその様子を。
けれど、旅をすると時々、駆け足で去って行くようななんでもない日常の風景の中に、家で帰りを待つ人の笑顔や、仕事の仲間との他愛ないお喋りも思い出します。旅はそれらを鮮明に呼び起こします。やり残したこと、怒っていたこと、嬉しかったこと、次にいきたい場所。だから旅に出たいのです。自分を取り戻せる時間を。
イラスト:濱愛子
テキスト:スティルウォーター