私たちが大切にしているもの。確かにあるのに指差すことができない。それは、目に見えるものばかりではありません。それらを、ひとつずつ読み解き、丁寧に表わしていく言葉の集積です。
心惹かれるものには、理由があります。素材、質感、形、使い勝手、程よい重さまたは軽さ、自分が心惹かれるものの良いと感じる理由を挙げていくと、心惹かれる傾向が見えてきます。並べていくと一つの景色が現れてきて、自分でも予測していなかった感覚に出会える小さな旅になります。心惹かれるものは、時にごく個人的だったりします。幼い頃の記憶や、懐かしい思い出、いくつもの心象風景。そこには、共通する目に見えない「良さ」を支えるものが存在しています。それは、“時間”。
ハンス・J・ウェグナーの椅子の美しさは、幾つもの理由の中でも、背景にある歴史の長さがその素晴らしさを裏打ちしています。1943年に中国の明時代の椅子からインスピレーションを得て作り出された椅子。その後も、さまざまに試行錯誤されたフォルムや手触りは、かけた時間の分だけその価値が雪のように降り積もっていったことでしょう。経過してきた無数の時間が、ものの細部に宿り始める瞬間。それはウェグナー自身が何度となく作った試作品のアームの先を、彼自身の手で何度となく撫でた瞬間かもしれないし、弟子の一人が写真に撮った椅子のフォルムを一晩中眺め、やっと見えたたった一つの改良点をウェグナーに伝えた朝かもしれない。
いえ、もっと時をさかのぼりましょう。ヨーロッパの大航海時代をずっと先駆けて、300年も続いた明王朝では、海外へ向けた航路の開拓が盛んに行われていました。世界中の美しいものが集められたことでしょう。異国から運ばれた珍しいものは港から宮廷へと運ばれ、職人の手に渡って行きました。ものを巡る時間の蓄積は、想像を遥かに超えます。幾人もの人の手を経て受け継がれ、現代にまで残り、形になっていったのです。若かりし頃のウェグナーが、「圏椅(クワン・イ)」と呼ばれる、明王朝の官僚が使用していた椅子の写真を、デンマークのオーフス市立図書館の書籍の中に見つけたのは、彼が30歳の頃でした。
遥かな時間の旅を繰り返してきたものは、目の前に現れた時にその存在感を歴然と輝かせます。何かを纏うような、何かを言いたげな、足先やアームの先に至るすみずみにまで魂と時間が宿っている、そんな面持ちを見せるのです。
ハンス・J・ウェグナーの椅子の美しさは、幾つもの理由の中でも、背景にある歴史の長さがその素晴らしさを裏打ちしています。1943年に中国の明時代の椅子からインスピレーションを得て作り出された椅子。その後も、さまざまに試行錯誤されたフォルムや手触りは、かけた時間の分だけその価値が雪のように降り積もっていったことでしょう。経過してきた無数の時間が、ものの細部に宿り始める瞬間。それはウェグナー自身が何度となく作った試作品のアームの先を、彼自身の手で何度となく撫でた瞬間かもしれないし、弟子の一人が写真に撮った椅子のフォルムを一晩中眺め、やっと見えたたった一つの改良点をウェグナーに伝えた朝かもしれない。
いえ、もっと時をさかのぼりましょう。ヨーロッパの大航海時代をずっと先駆けて、300年も続いた明王朝では、海外へ向けた航路の開拓が盛んに行われていました。世界中の美しいものが集められたことでしょう。異国から運ばれた珍しいものは港から宮廷へと運ばれ、職人の手に渡って行きました。ものを巡る時間の蓄積は、想像を遥かに超えます。幾人もの人の手を経て受け継がれ、現代にまで残り、形になっていったのです。若かりし頃のウェグナーが、「圏椅(クワン・イ)」と呼ばれる、明王朝の官僚が使用していた椅子の写真を、デンマークのオーフス市立図書館の書籍の中に見つけたのは、彼が30歳の頃でした。
遥かな時間の旅を繰り返してきたものは、目の前に現れた時にその存在感を歴然と輝かせます。何かを纏うような、何かを言いたげな、足先やアームの先に至るすみずみにまで魂と時間が宿っている、そんな面持ちを見せるのです。
イラスト:濱愛子
テキスト:スティルウォーター
[ILLUSTRATOR PROFILE]
濱愛子 (イラストレーター/グラフィックデザイナー)
紙版画を用いて、情感と力強さのある作品づくりを目指し、本、雑誌、広告に取り組んでいる。最近の仕事では、詩画集「今夜 凶暴だから わたし」(詩/高橋久美子、ちいさいミシマ社刊)、また、日本美術や、茶道具の世界で使われてきた形について紐解く「かたちのなまえ」(野瀬奈津子著、 玄光社刊)。それぞれ一冊を通して絵を担当している。HBギャラリーファイルコンペ大賞/永井裕明賞、東京イラストレーターズ ソサエティTIS公募入選(灘本唯人氏 「わたしの一枚」)、ADC入選、他。TIS会員。
https://aikohama.com/