[COLUMN] 朝支度

私たちが大切にしているもの。確かにあるのに指差すことができない。それは、目に見えるものばかりではありません。それらを、ひとつずつ読み解き、丁寧に表わしていく言葉の集積です。
「朝支度」
朝、完全に身体が目を覚ますまで、いくつかのことをしなければならない。イギリスの紳士倶楽部では、昨晩どんなに親しくお酒を飲み交わしたとしても、翌朝の朝食の時間には、お互いに話しかけないというのが、暗黙のルールなのだそうだ。静かに新聞に目を落とす人も、トーストにジャムを塗る瞬間も、今日の会合をどんな風にまとめるか想いを巡らせ、頭の中の自分と会話を繰り広げるだろうから。紳士同士の配慮は、東京の都会の朝とて同じこと。

都会に住む小鳥は意外とよく喋る。日の出とともにさえずり続けるその声に耳を傾けながら、窓を開け、ベッドを整え、ラジオをつけ、洗濯機を回す。キッチンに立って、やかんを弱火にかける。洋服にアイロンをかけて眠ればよかったことを、大抵は後悔する。しかし実際は、その日の天気に合わせて服を選ぶのだから、いつもピシッとアイロンがあたっている服を選べるとも限らない。静かにお湯が沸く音が届いてくる。掃除機を片手にアイロンのコードを抜き、完成した洗濯物と、焼きあがったトーストと今日のニュース、花瓶の水、朝の光が明るく照らし出す部屋の中でいくつも並んでいる朝仕事。それでも、コトン、とテーブルの上に置かれた淹れたてのコーヒー。その「コトン」で身体が完全に目覚める。今日も一日頑張りましょう、と囁く音。朝がようやく始まるのだ。

イラスト:濱愛子
テキスト:スティルウォーター

SPECIAL CONTENTS

KINTOが見て、触れて、感じていること。
そこに漂う空気や、流れる時間。
それを皆さんにもぜひ感じてもらいたいという想いから作ったスペシャルコンテンツ。ぜひご覧ください。

VIEW MORE